2015.01.12 Monday

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    2012.11.29 Thursday

    それぞれにつぶやき──第15回文学フリマの感想

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       15回文学フリマに行ってきた。といっても2週間近く前になるけど、一応記録を残しておく。

       今回も「季刊26時」として出店して、文学フリマ3回目ともなると勝手もわかりはじめて、以前ほど緊張したりしなくなった。わけあって、15時からの参加となって、2時間くらいしかいられなかったけど、他サークルの方々といろいろお話できてすごく楽しかった。この日のために一生懸命作って売る、これはみんな同じだから話もはずむのかも。

       とりあえず、買ったものリスト。

      TOLTA「飛ばない本の本」、「トルタバトンマップ」

      ♯河野聡子『WWW/パンダ・チャント』

      ♯吉田群青『麒麟の角』、『すみっこのふわふわ』

      ♯「遡」

      ♯「詩と隣」

      ♯「新古典派フィクションズ A+


       いただいたものは、

      ♯あなたにパイを投げる人たち「チェルシーの空き箱」

      ♯「無限アルカナイト」

       

       以下、ちょっとしたちょっとした感想。

      TOLTAさんはいつもかなり実験的なことをやっているので毎回楽しみにしてる。前回は封筒を売られたし、今回はやたら大きな紙を売られた(買いに行ったのは自分だけど、笑)。「え、これなの?」とか思いながら買ってみて、企画力の高さに驚かされている。僕たち「季刊26時」も毎回いろいろと企画を考えてはいるんだけど、やっぱりアマチュア感がまだまだぬぐえない。後を追うわけではないけど、僕らもTOLTAさんのようなプロ感を出したい。そのために、まずはちゃんと詩を書けるようにしようと思う。

       

      河野聡子さんの詩集『WWW/パンダ・チャント』は、かなりプリチィな装丁。ほんとに可愛い。質感もよくて撫でていたくなる。「WWW」は「笑笑笑」的なものかと思っていたら実は「Wild-Water-Words」の略だったみたいでとてもクール、でも内容は不思議の国の「野生の水の言葉」。そして「パンダ・チャント」は詩と散文がならんだような作品。注がついてて、まじめに説明してるんだけどなんか滑稽な感じがしておもしろい。

       

      吉田群青さんは、ありがたいことに「季刊26時」の第五号に投稿してくださった。吉田さんにとって、よかったことなのかわからないけれど、26時にとってはとてもいい1篇だった。そして、今回出された二つの詩集『麒麟の角』と『すみっこのふわふわ』は黒と白、クールとかわいいの対照的で、買うなら二冊買わないとダメだと思った。おそらく装丁のデザインもご自身でされてると思うのだけれど、とてもセンスのある方だ。『すみっこのふわふわ』の奥付ページに「ねぇ、アウフヘーベン(・・・)」とあるんだけど、こういうところが好き。

       

      「遡」の昏林果奈さんはいつもツイッターでお世話になってる。お互い(?)身体が弱い(?)せいか、僕の健康の心配をして下さって、たいへんありがたく、心強い。今回の文学フリマでも、到着してからすぐに遊びに伺って、たくさん喋ってしまった。ご迷惑でなかっただろうか。はじめてマスクをしていない昏林さんを見れた気がして、いつもの印象とちがったのがまたよかった。新刊はすごいピンクで、この毒々しさにちょっと懐かしさを感じて(hideの頭を思い出した)、買う予定ではあったけどなおさら買おうと思った。前回の小説もとてもおもしろかったので、どんなものか捲ってみると戯曲だった。元演劇部だということで(なんか元演劇部の方とよく縁があるなあ)、こうした形にチャレンジしたとのこと。読んでみたら、劇詩風の戯曲体小説とでも言おうか、レーゼドラマと言うのか、ともかく、紙面上だからできる実験的な小説だった(いろんなフォントが使われてたりする)。でも、この人に詩を書かせたら勝てないなぁ、とも思わせる作品。

       そして、この冊子にも吉田群青さんの作品が載っている。ここでは短歌を寄稿されてるようで、前号でもかっこいいレイアウトで短歌が載っていた。今回もこだわりを感じさせるレイアウト。

       

      「詩と隣」は、浅見恵子さんが主宰(?)の冊子。4名の詩と写真が載ってる。冊子はすべて手作りで、表紙は各々が絵を描いたりしたそうだ。僕は前回の文学フリマでお世話になった浅見さんの描いたものを買った。とりわけ情熱的な絵を。それから、詩は「抒情詩」!という感じだった。朔太郎を中心とした勉強会を行っている(群馬の方々)こともあるのか、近代文学の息吹を感じる。現代の文学にどう繋げていくかが課題? とにかく、今回も浅見さんとはたくさんおしゃべりをさせていただいたが、その他のメンバーの方ともお話できたので楽しかった。また次回お会いしたい。

       

      「新古典派フィクションズA+」は、ツイッターで知った。暁方ミセイさんが詩を載せているということで気になってブースに行ってみた。そしたら、電子書籍だというので驚いた。しかも1000円! むむっ、と思いながらも、ブースに置いてあるiPadの見本がなにやらかっこよく、ブースの前に立っているお兄さんの感じもよかったので気づいたら財布から千円札を出していた(最後のお札)。すると、カードを一枚くれて、そこに書かれている番号をメールで送ると届きます、ということだった。文学フリマで電子書籍をどう売るんだろうと疑問だったので、なるほど、と思った。

       ちょっと誤植があって、届くのは遅くなったのだけれど、届いてみたらやはりかっこよかった。僕もiPadで読んだけど、読むストレスは全く感じなかった。むしろレイアウトやデザインがかっこいいので、読んでると気持ちよかった。読むなら紙媒体だろとか思ってたので、こういう仕方でなら電子もいいかもしれないと思った。もちろん、PDF詩誌でデザイン性の高いものはたくさんあるんだけど。でも、まだ僕たちには早いなぁ…。

       

      「無限アルカナイト」は、中川達矢さんがブースを訪ねてきてくださったときにいただいた。中川さんは季刊26時に詩を投稿してくださり、個人的にも精力的に活動してる方だ。どうも、話によるとこの「無限アルカナイト」という分厚い手作り冊子は、無料配布していたらしい(!)。小説(倉橋遼平さん)と詩がたくさん載っているところを見ると、僕らのものより充実してるのではないかとさえ思えてくるが、とにかくたくさんの方に読んでもらうにはこういうことも必要なのかもしれない。僕たちも「まずは読んでもらう」というところから改めてはじめてみることも考えてみなければ。

       

       

       もっと、思ったこと、考えたこと、たくさんあるんだけど、それを全部書いてたら何日もかかりそうだし、超長文になりそうだから、これくらいにしておこうと思う。何はともあれ楽しいイベント。次回は、関西だということで、季刊26時が出店するかわからないけれど、また文学フリマでいろんな方と出会えるように、次の企画を考えてみよう。

       みなさん、ありがとう。

       

      http://d.hatena.ne.jp/jugoya/20121118

       

       

      2012.06.03 Sunday

      〈エッセイ〉について

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        いちおう、このブログの記事を〈エッセイ〉として分類しているのだけれど、それでいいだろうか。〈エッセイ〉というのはなかなか得体の知れない文章なので、どうもこれが〈エッセイ〉です、と言い切る自信がない。この〈エッセイ〉というものについて、今手元にある立原道造の〈エッセイ〉から考えてみたい。まずは引用してみる。

         

        「文学の領域に随筆或はエツセイといふジヤンルがあることを考へる。これは家常茶飯の人生に触れ、その持味をきはめて生かして行くことを本領とする芸術である。音楽・詩・絵画・彫刻・舞踏などの精神が、人生を離れて(芸術至上などを言はず人生派の芸術を考へてみよ、それでさへ人生からのひとつの飛翔である)豊饒な芸術の沃野に人生を設定することにくらべ、これは人生から離れることの出来ない芸術である。従つてエツセイはそれぞれの芸術専門家を要しない。人間でさへあれば、人生に真摯に生きさへすれば、よきエツセイは彼から生れる。」(「住宅・エツセイ」『建築』再刊第1号 昭和11年7月)

         

         ぼくは立原の文章が好きなので、えいえん引用してしまいそうになるが、とりあえず、ここで〈エッセイ〉というものは「人生(ダス・レーベン)」と深く関わる文章だと言ってる。はて、「人生」とは何だろう? 単純に「生活」と考えていいだろうか。そうだとすれば、これまでぼくが書いてきたブログの記事は「生活」に密着したものだったから、ちゃんと〈エッセイ〉してると言ってもいいかもしれない。が、それだけでいいだろうか。その質の良し悪しはきちんと問われなくてはならないだろう。

         

        さて、質の良い〈エッセイ〉、魅力的な〈エッセイ〉とは何か。具体的な〈エッセイ〉を挙げて考えてみることにしよう。

        ぼくが好きな〈エッセイスト〉にアーサー・ビナードがいる。この人は詩人なので立原が言う「芸術専門家」に入ってしまうのだが、そこは措いておこう。何冊か〈エッセイ〉集を出しているなかで、とりわけ『空からきた魚』(集英社文庫 平成20年2月)が好きだ。好き、ということはそれなりに魅力があるということだ。では、どういうところが好きなのだろうか。

        「ミスった?」という話を見てみよう。そこにはビナードの父方の祖父がラストネーム「Binard」のルーツを調査しはじめたことが書かれてる。それがきっかけで「Binard」のスペルをめぐる論争が起こりだして、ほんとうは「Benard」なんじゃないかっていうミス説が出てきたりする。そんな、きわめて私的なお話だけど、自分の苗字が間違えて伝わってるなんてことがあると思うと少しクスっとなる。だから、おもしろさ(その1)を挙げるとすれば、「極めて私的だけど読者にとっても身近な話」ということになるだろうか。

        それから、ビナードは日本の話をしだす。自分の名前が間違ってるかもしれないことから、日本の「銀杏」が間違った綴りで伝わってる(ginkgo)ということに展開する。ここで、そうか、ううむ、なるほど、となる。つまり、ここが妙味なのだと思う。ビナードの名前が間違ってたかもしれない、それだけの報告だったら、おもしろいけれど何だか日記っぽい印象を受けると思う。ところが、ビナードはそれをアメリカ人という立場から、日本の話と接続させて、もう一歩進んでちがう発見を見せてくれる。「身近だった話」がもっと身近になるのだ。だから、おもしろさ(その2)(その3)があるとすればこうなるだろう。「異なる二つのものを接続し、展開する」、「著者の話が読者の話にもなる」。

        これはほんの一例にすぎないから、これが〈エッセイ〉の本質だと言うのではないけれど、少なからず魅力のひとつと言うことはできると思う。そして、こうした〈エッセイ〉の魅力をぼくの〈エッセイ〉に敷衍して見てみると、ぼくはおもしろさ(その1)で留まってしまっている。それがぼくの記事を〈エッセイ〉としてしまうことに疑問を持たせているのだ。つまり、ぼくの記事はぼくの「生活」のみに留まり、読者の「生活」に接続していかないということだ。「人生」はきっと、ぼくの「生活」と他の人たちの「生活」の集合体のはずなのだ。読者(他の人たち)の「生活」に触れてこその「人生」なのだ。だから、ぼくはまだ個人的な〈日記〉を書いているばかりで、読者にコミュニケートする〈エッセイ〉を書くことができていないのだろう。

        おもえば、立原の「住宅・エツセイ」という〈エッセイ〉も「住宅」と「エツセイ」という二つの異なるものを見事に接続してみせた。「住宅」もまた「人生」と密接に関わっているとして。そして、こうしてぼくを動かせてみせた。それが〈エッセイ〉なのだ。

         

        しかし、またこうして〈エッセイ〉を書こうとしてみたけれど、(その2)まで進めたかもしれないが、やはり(その3)までいくことができない。そのうえ、(その1・2)もおもしろくなくてはならないから、まだまだ課題は山積みだ。ただ、書かなければ成長もないので、たまにこうして夢みたいなことを書いてみようと思う。「人生」に真摯に向き合いながら。でも、あんまり長々書くのもよくないので、このあたりで切り上げて最後に立原の文章で締めることにする。立原さんありがとう。

         

        「住宅・エツセイといふ、このちひさいエツセイはここでをはりである。読者諸氏よ、この夢の上に、あなただちの夢を架け、その夢の上に、ふたたびこのエツセイを組み立てなほされよ。其の時あなただちが建築に対して浪漫派風な思ひの必要を共感せられたならば、このひとつの試みにすぎなかつたエツセイは満足するであらう。」(「住宅・エツセイ」)

        2012.05.09 Wednesday

        〈同人誌〉という表現形式――文学フリマの感想

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            第十四回文学フリマ(2012.5.6)にて。

           

          文学フリマで買ったものについて少しだけ感想のようなものを書いてみようと思う。単純に書いてみたくなったから書く。つまり、それらにはそれだけの力があったということをはじめに言っておきたい。買ったものは以下の通り。

           

          ・『遡』

          ・文:平方二寸、絵:野津あき『崖が鳴るより大きな声で』

          ・野津あき『ずぼらなズボンさんと大きな軍手』

          ・山本梢『味覚の詩』

          ・浅見恵子『抜け殻を抱く』

          ・『ねこま』3号

          TOLTA『最後のトルタ』

           

           書き上げてみると、思っていた以上に多い。文学フリマに行くと、知らないうちに散財している。僕はアマチュアの詩人や小説家の書くものを読むのが好きな方なので、(といってもかなり読むものは選ぶが)こうしたイベントは散財してもすごく楽しい。そのうえ、出店している身になると他の出店者たちとも交流できるからなおのこと楽しい。文学フリマ事務局の方々には本当に感謝している。こういう場にまた出るのが楽しみで、次回に向けてがんばろうとも思う。

           

           さて、その文学フリマの戦利品について何を書きたくなったのか、ということだ。それは、〈同人誌〉という媒体の特殊性みたいなものが気になったからだ。小説や詩がどういう媒体に載っているのかということはとても重要なことに思える。紙面上で作品がどう振る舞っているのかということは読み手に対して大きく影響を与えると思うからだ。フォントから紙の色や素材、レイアウトから表紙にいたるまで、すべてが読み手に対して訴えかける。だから、自身も紙面の編集に携わることができる同人誌という媒体は、書店で手に入る本一般とはどこか趣がちがう気がする。もちろん、印刷所で製本したものと、手製本のものも厳密には分けて考える必要があるかもしれないが、今回は措く。

           

          では、何について話そう。いちばん感銘を受けた『遡』という「総合文化同人誌」について話そう。この同人誌はたいへん美しい製本になっている。表紙はオリエンタルなイラストが描かれていて美麗だ。サイズもB6版で手になじみやすく、これらの要素だけでも買ってみたくなる。だが、表紙にはイラストだけで何の冊子なのかさっぱりわからない。まずは開くことからはじめよう。

          「遡」と書かれ、植物のようなイラストが添えてある。まだ何の冊子なのかわからない。次のページをめくる。目次があらわれる。そこには「詩群 「夜」」、「およそ130のステップ」、「市川春子と松井冬子の身体世界」、「僕と君と僕たちのかいぶつ」、「ディスカホリックはゾンビと踊る」、「光」と、6編のタイトルと著者の名前が書かれている。これらが詩なのか小説なのか、あるいは評論の類なのか、まだわからない。では、また次のページ。行分けした言葉が並ぶ。「詩群」と書かれているからどうやら詩らしい。それらを読み終えると、段落の頭が4マス下がった何かが始まる。なぜ4マス下がっているのか。読みすすめると、『およそ130のステップ』というタイトルがあらわれる。あれ、タイトルの前から作品がはじまっているのか。いや、これは前の詩のつづきで、これも詩群なのか。だが、そこには「長い前書き」と書いてある。『およそ130のステップ』の前書きなのだろうか。なおも読みすすめていく。これは詩? 小説? もうそんなことはどうでもいい。またページをめくる。「市川春子と松井冬子の身体世界」。市川春子は漫画家だ。どうも批評がはじまるらしい。「あいまい」について語られはじめる。そして、参考文献が書かれ、批評が終わったことがわかる。ページをめくる。「僕と君と僕たちのかいぶつ」。「僕」と「君」と「かいぶつ」の字がやたら大きい。作品はもうはじまってるようだ。「吉田群青」という名前らしいものすらこの紙面ではもう作品の一部のようだ。それから短歌のようなものが連なっていく。一ページに3首。しかもこのフォントは「HGP明朝B」か。ボールド体でもある。フォントのサイズも大きい。これまでの作品は「MS明朝」。明らかにこの作品は異質だ。さらに、二首、三首と、マスがどんどん下がっていく。これら三首はつながっているのか。わからない。45首。読み終える。すると「ディスカホリックはゾンビと踊る」というタイトルが来る。CDのジャケットの下に横書きで解説のようなものが書かれている。どうやら音楽評論みたいだ。それが9つ。そうして、「光」というタイトルがあらわれる。本文が長いし、「グァン」という人が出てくるから小説のようだ。それにしても、これだけ本文のフォントが濃い。これまでの「MS明朝」とはちがって、太く、濃い。それが50ページ以上続くから、なんとなくこちらは威圧感を感じる。

           

          読んだ過程を追うだけで長くなってしまったが、それぞれの作品の紙面でのふるまい方がぜんぜん違うものだということはわかると思う。僕はこの『遡』という同人誌に責任編集者がいるのかどうかわからない。そして、その編集者がこうした紙面のレイアウトをしたり、フォントを決めているのかもわからない。ただ、僕が編集者であれば、あらかたフォントやサイズなどはそろえるだろうから、そうしたものは各々の作者の好みで選択されているものだと考える。すると、こうした紙面でのあり方も作品のうちと考えなければならないのではないか。そのときに、物語内容と語り、フォントの種類が特にマッチングしていると思うのが「光」だ。

          これはグァンという万頭屋の息子と、アンという良家の娘をめぐる物語で、「光」というタイトルにしては暗い話がつづく。その語りは突き放しているが粘っこく、皮膚を撫で付けるような、感覚的で、ある種の「気持ち悪さ」を含んだもの。どろどろして血腥くて、さっき産み落とされたばかりの何か。そんな内臓が疼くような感じで決して気持ちよくないのだが、なぜか続きを読んでしまう妙な語り。それが濃いフォントでこちらの目に飛び込んでくるのだから、「見ろ!見ろ!目をそむけるな!」と言われてるようだ。その意味で物語や語りとフォントは相乗的に働いている。

          そんなことを考えていると、グァンのもとに赤ん坊がやってくる。産まれたての何か、得体の知れないもの、読んでるときにそんなイメージが頭のなかを巡っている最中に、赤ん坊があらわれたのだから驚いた。その子には名前もないし、グァンにとって弟なのか息子なのかもわからない。だが、それはやがて赤ん坊が教えてくれると作品中で語られる。

          この小説は、何か異質なものとして生れ、不完全で何とも決められないもの、それがいったい何なのかという問いを抱えているようだ。自身を「子供をこの世界に出すだけの筒」だと思っていたアンが、子供を生むことができないとしたら「女でもないし、男でもない。何なんだろう」と問うところも、そうした問題の延長にある気がする。

          こうして「光」は、よくわからない何かに光を当てる。それは紙面の上でもよく見えるように濃い字でこちらに迫ってくる。その光は「星という神様の光」だ。どうしようもなくそれは美しいのだ。そして、その光に照らされた何かは、いずれ自ずから自身が何であるかを語りだす・・・。それは「光」という作品自体、さらには『遡』という同人誌自体にも敷衍できることかもしれない、というのは言いすぎにしろ、何かを宿した作品であることにはちがいない。冒頭で、何か書きたくなる力を持っているということはこのことだ。

           

          また、同人誌という話についてもう一つ、野津あきさんの『ずぼらなズボンさんと大きな軍手』にも触れておきたい。野津あきさんはこれまで文学フリマでは絵本を売っていて、僕がすごく好きな絵を描くので、今回もブースを訪ねた。すると、驚いたことに大きな一枚の紙を売っていた。その一枚の大きな紙は三つ折にされていて、その一面一面には漫画のようなものがぎっしりと描かれている。すべてカラー。そして、タイトルの通り、主人公はズボン。文字通り、見たまんまズボン。そしてズボンさんはなぜか大きな軍手を寝床にしている。その軍手にはピーナツを入れているのだが、ある日ズボンさんが目を覚ますとピーナツがなくなっている。それに怒ったズボンさんはピーナツ泥棒を探しに出かける・・・。この大きな紙といい、ズボンさんといい、軍手が寝床といい、どうしてこんな作品が生れたのかわからない。めちゃくちゃ読みづらいから普通の冊子のかたちにして欲しいし、ズボンが主人公とかぜんぜん意味がわからない。でも僕はこの作品に会えたことがすごく嬉しい。なんだこりゃ!?という驚きを味わえるのが嬉しい。だから、同人誌という媒体には、書店で売られている本一般では出会うことのできない作者自身に出会える。小さくまとまる人、ダイナミックにドカーン!とやる人、几帳面な人、がさつな人、それぞれの同人誌が個性を持ち、それぞれの作品はある種の時間芸術のような、そんな一回性を帯びたものとして僕らの前にあらわれては通り過ぎていく。

          同人誌という表現形式について、冊子という点で流通が難しく、閉じられたものであると批難されることもある。だが、僕は文学フリマをはじめとする流通の場がある限り、同人誌という媒体にはこだわり続けたい。また次回も楽しみにしながら、好き勝手に思ったことを書く感想はここまでにしよう。買ったもので、触れていないものについては、また機会があれば書いてみようと思う。

          みなさん、楽しませてくれて本当にありがとう。


          http://d.hatena.ne.jp/jugoya/20120506

           

          2011.09.23 Friday

          アニマルスケッチ・モディファイド

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              上野動物園に行ってきた。事情があってひとりで行ったのだけれど、台風一過のはずが、ぼくが上野に着いた途端に雲行きが怪しくなってきた。動物園に着いたそのとき、まさに雨は降り出した。雨男を確信した瞬間だ。

             園内は平日の割りに賑わっていた。パンダ熱が冷めやらぬ感じで、パンダ舎には人だかりができていた。どうやらパンダがお食事中らしい。どれ、ひとつ見てやるかと思って入ってみたら、座りこんだパンダが笹を抱えてむしゃぶりついていた。



            それに対して「かわいーかわいー」と黄色い声があがる。そして写真を撮る人たち。パシャ。「フラッシュ撮影はご遠慮ねがいまーす!」と係員が叫ぶ。パシャ。パシャ。「フラッシュ撮影はご遠慮ください!」と係員はさらに叫ぶ。パシャ。パシャ。パシャ。「写真を撮る前にフラッシュの設定をご確認ください!!」と半ギレになりながら繰り返す。係員も大変だ。ぼくはフラッシュが嫌いで本当に暗いときにしか使わないから、フラッシュたく人たちを軽蔑しまくった。パンダだけじゃなくさ、動物にフラッシュたくのはやめようよ。嫌がるのくらいわかるじゃない? それくらい察してあげてよ。なんて思いながら笹を食むパンダを見ていた。あんまり感激しない。



            ぼくは雨がそぼ降るなか、キリンを見に行った。ブラブラと歩いてるなあと思っていたら、キリンは屋内に引っ込んでしまった。あれ、どうしようとあたりを見回すと、どうやら屋内で見れるらしいので、回ってみた。すると、キリンのまえにクロサイが三頭いた。どれも藁みたいのを食べている。



            クロサイは大きいなあ。想像してたよりサイは大きくて、ぼくなんか前足分くらいしかないじゃないか。そのくせモソモソと藁を食べてるのはどうも腑に落ちない。



            ぼくはなかでもいちばん大きいオスのクロサイをずぅぅぅと眺めていた。クロサイはぜんぜん見てる人になど気づかないくらい餌に夢中だったのだけれど、あんまりにもぼくがひとりで長いこと、ボーっと突っ立ってるせいか、こちらに注意がむいた。口に含んだ藁をムシャムシャやりながら、じっとこっちを見つめてくる。たまにまばたきをするんだけど、サイは下から上にまぶたが閉じるみたいだった。目が乾いちゃうくらい見つめ合ったのだから、何か通じるかもって思ったけど何も通じなかった。ぼくはサイとはコミュニケーションがとれない。



            サイの前を係りのお姉さんが横切ったので、ふと我にかえって、ぼくはキリンを見に来たことを思い出した。すぐ隣でキリンもムシャムシャと木の枝から豪快に葉をむしって食べている。ああ、高いなあ。大きいんだけど、サイとは違って、高いなあ。そして、キリンはたいへん美しい顔立ちをしているなあ。あの睫毛なんて女優さんみたいだ。「ウフッ」って聞こえてきそうなくらいで、すました顔して葉をむしり続けるキリンはパンダなんかよりもずっと孤高で気高い動物だ。だからキリンがいちばんさみしそうだ。また長くぼくはキリンを見ていた。



            クロサイとキリンを見たらぼくは満足してしまって、その足で動物園から出てしまった。そのころには雨も本降りになってきて、気温も下がってきたので、しばらくお団子屋さんで休んだ。そこで食べたおでんはおいしかった。



            それにしても動物はすごくシンプルに生きているねえ。動物園につれてこられて、なかば監禁されて生かされてるわけなんだけど、彼らはのっさりと生きているんだなあ。ぼくらもいろいろと捨てて、のっさりと生きようなあ。どこにいても監禁されてるし、生かされてるんだからね、焦って走り回ったり、暴れまわったりしないで、のっさりしていようなあ。

            これでぼくの夏はほんとうにおしまい。だから、あたらしい季節をつくらなきゃ。

            2011.09.20 Tuesday

            フローラかフォーナ

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               プルーストは人間をフローラ(植物)として見ていたらしい。
               堀辰雄の「フローラとフォーナ」というエッセイでそんなことが書かれている。フォーナというのは動物のことで、叙述のなかで動物などに譬えたりすると、どうやらフォーナに属することになるらしい。このフローラとフォーナは、言ってみれば、今で言う肉食系か草食系かっていうのに近いのかもしれない。ちょっとシャレた言い方なだけでね。そう考えれば、今も昔もそんなに変わらないんだなあ、でもむしろ進歩しないで言い方が露骨になって劣化すらしてるんだなあ、なんて思ったりする。そして、愚かにも自分はどっちなのかを考えてしまうものだ。
               これまでに見た目と言動から判断されてきた情報からすれば、ぼくはフローラだ。フローラというのは、植物そのもののごとく、自意識を持たず、常に受身にふるまう。生殖器も露出してる。コミュニケーションの場においては、聞き手に徹するというタイプだ。うん、たしかにぼくは受身態勢だ、社会的には。生殖器は露出してないけどさ。
               そういえば、最近こういうフローラ型の人に出会って困ったのだった。
               近頃、どうしても人と話たくなって、スカイプをしたときのことだ。でも話す人がいないから、スカイプで話し相手を募集してる掲示板に行ってみた。そこで、ある女性と知り合って、話すことができた。
               彼女とは、はじめチャットをしていたのだけれど、どうも彼女の反応が薄いのが気になった。何を話しても「うん」「そうなんだあ」しか言わない。あれ、これは本当に生きてる人間なのだろうか、女性なんだろうか、適当に言葉を返してくれるbotみたいなものか、はたまた出会い系に誘導してくるサクラなんじゃないか、と不審に思いはじめた。そこで、ためしに通話してみることにしたら、どうやら本物の人間で、女性らしかった。ところが、チャットと同じく、ぼくが話さなければ何も会話が進まない。いったいどこの誰がこのお方と楽しく会話を続けられるというのか! ぼくは戸惑った。
               どうも彼女は掲示板に何度も何度もスカイプの相手を募集していたようだった。それは、いつか友達の芽がでるようにと種を散らしていたのだ。たまたま芽吹いたその花に飛んできた虫がぼくだってわけ。虫はぼくだけじゃなくてたくさんいる。しかし、花は黙ったままで、風が吹けば一緒になってゆれるだけ。あら、奥ゆかしい。
               まさに彼女はフローラ。彼女こそがフローラだ。とするとぼくはフォーナだったろうか? ああ、フォーナだ。あんなにぼくばっかり話したんだから! しかしネットで話し相手を探してるなんてとてもフォーナとは言えないし、彼女のことを植物的に捉えてるところからしてフローラなのかもしれないぞ?
               ともかく、仮に彼女がフローラだとして、その花咲く時期はとても短かった。そんなに頻繁に連絡をしては迷惑かと思って、ぼくはしばらく彼女のことを放っておいた。すると、一週間もしたらコンタクトから消されてしまった! なんとも忍耐弱い花だね! 嗚呼、友達作りとは難しいものだ! そしてなんとも切ないものだ! だって、クリックひとつで友達を消してしまえるのだから! ぼくはまだ生きてるんだよ? って優しく言ってあげたい。
               結局、ぼくはフローラかフォーナかって話だけど、フローラにフォーナ的なことをして傷ついてるんだから、ぼくはやっぱりフローラなのかもしれないね。
              2011.09.17 Saturday

              「なんでもいいから電池パックをください」

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                  今日は10000歩も歩いた。

                いつか佐々木中が「足ふみ留めて」というエッセイのなかで、ハイデガーもゲーテもヘーゲルもカントもヘルダーリンもベケットもカフカも安吾も(ドイツ人ばっかりだ…)、哲人・文人たちはよく歩いたっていう話をしてた。そんならぼくも、なんて偉人ぶって歩いてみた。まあ10000歩なんて大したことないんだろうけどね。

                ともかく、今日はぐずぐずしたはっきりしない天気だったが、雨も降ることなく、目的地まで辿り着いた。

                その目的地、繁華街までは3、4駅分くらいの距離だった。一度歩いたこともあるので、そんなに珍しいものもないまま街まで着いてしまった。途中、サッカー少年たちが自転車で爆走していて危うく轢かれそうになったくらいだ。なので、今回は散歩が話題ではない。ちょっとイラっとした話。

                街に着いたらド○モショップに行って予備の電池パックを買おうと思っていた。近頃、スマートフォンの電池の消耗っぷりに辟易していたところだ。充電式の充電器っていうのもあるけど、外で充電器差しながら使うのも必死な感じがしてスマートじゃない。ぼくはあくまでスマートフォンを使っているのだから、見栄えもスマートでなければならないな、と思い立ってド○モショップに寄ることにしたのだった。

                ド○モショップに入ると、待ちかねていたように係りの女性が用件を聞いてきたので「電池パックって買えるんですか?」と聞いたら、女性は無言で番号札が出てくる機械で発券し、ぼくに「はい」と渡してきた。あれ、質問に答えてくれないぞ、と思いながらぼくは待ち合い席に座った。

                待つこと10分、ようやくぼくの番号が呼ばれた。ぼくを呼んだのは若いお兄さんだった。でも、バタバタしてすぐには対応してもらえず、ぼくはぼーっと待つ。そして、お兄さんがあわてて帰ってきた。

                「すみません、ご用件は?」

                「この携帯用の電池パックください」

                「携帯用の充電器はお持ちでないですか?」

                「(ぼくは電池パックが欲しいのだけどなあ)持ってますが……(でも紛失した)」

                「あ、それではダメでしたか?」

                「いや、あれは面倒なので(いちいち説明するのが!)」

                「面倒?」

                「スマートフォン変換用のジャック付け替えたりとか(いいから電池パックを売ってくれ)」

                「あ、それでしたら変換用のジャックをお買い求めいただいたら……」

                「……電池はいくらなんですか」

                「あ、電池ですと2300円になりまして、ジャックですと1300円です」

                「電池をください」

                「では、ド○モポイントがありましたらご利用になれますよ。お名前と電話番号と暗証番号を教えてください。……あ、こちらの名義の方にポイントのご利用をお電話で確認させていただかなければならないのですが、いかがなさいます?」

                「面倒だねえ! 現金でいいよ!」

                 ぼくは電気屋さんで単三電池を買うような気分で来たのに、この店員さんはなかなか電池を売ってくれない。あげく、求めてない商品をすすめてくるし、「どんだけスマフォ中毒なんだよ」的な顔をしてくる。そして、さんざんぼくの個人情報を眺めつくしたあとで電話で確認ってことを伝えてくる。お客様のニーズに何一つ応えてくれてないな! とぼくは怒り心頭に発しながらずんずんと店をあとにした。

                 もう、あとはいいことなんて起きるはずもない。デパートの入り口で清掃のおばちゃんがガラスを拭いているところを通り過ぎたら、ぞうきんに雑菌が繁殖しまくっているのだろう、ものすごく入り口が臭くなっていた。拭いてるのに、汚れていくなんて。

                 ぼくは、ひどく悲しくなりながら、エスカレーターに歩き疲れた身体を凭れさせた。

                2011.09.16 Friday

                ウソ教エチャイマシタ!

                0
                   渋谷のハチ公前で街頭演説してる人たちがいた。その前を通りすぎようとしたら、外国人のお兄さんに声をかけられた。
                  「スミマセン、アレハナニヲイッテルノデスカ?」
                   グラマーな女性二人を連れたちょっと陽気な背の高いお兄さんは、上手な日本語を話す。どうやら街頭演説で熱弁をふるってるのがすごく気になったようで、三人で聞いていたらしい。で、ぼくは街頭演説なんぞにはまったく興味もなかったから、何を言ってるのかわかるはずもない。ひとまず、演説してる男の方を見ると、「男性差別」「女性差別」とか「女性専用車両のウソ」みたいなことが旗に書いてある。それで咄嗟に答えた。
                  「差別のこと話してるみたいですよ」
                   すると、お兄さんは、
                  「ソレハ女性ノスカートガミジカイトカッテハナシデスカ?」
                  と聞いてきた。ちょっと差別とスカートが短いっていうのがどうつながるのかわからなかったから、戸惑って、もう一度演説してる男の方を見た。すると、「女性専用車両は男性排除」みたいなことが書いてあった。それを見たら、ああそうか、とひとり合点して、ぼくはこう言った。 
                  「いえいえ、女性専用車両のことのようです」
                  「オオ、アリマスネ!ソレデ?」
                  「簡単に言えば、なんで男性専用車両がないんだって言ってるんですよ」
                   まあ拡大解釈すればそうだな、と勝手に思って、冗談のつもりで言ったら、お兄さんはそのままブリッジするんじゃないかってくらいに仰向けに反り返って大笑いした。
                  「アッハハハハハハハッ!!ドウモアリガトウ!!」
                   お兄さんはすぐさまこのバカバカしい街頭演説のことをグラマーなお姉さんたちに伝えたいらしかった。だから詳しく説明する間もなくぼくは別れてきてしまった。
                   バカバカしいものにしてしまったのはぼくなんだけど、楽しんでくれたみたいだからまあいいか、と思いつつ、演説してた人たち、ごめんなさい。
                   
                  2011.09.15 Thursday

                  そろそろ計画的な再会?

                  0
                      また会うことになるとは思わなかった。

                     先日の元気ガールである。例によってぼくの徘徊癖のため駅で電車を待っていると、あれ、見たことあるような人が。そろそろ、ぼくがストーカーしてるんじゃないかという疑惑が生まれそうだ。

                    「やあ、よく会うね」

                    「そうだねー、またマッサージ行くんでしょ?」

                    「ちがうちがう」

                    「あ、あたしも明後日くらいにマッサージ行こうかなって思ってるんだー。でも教えてくれたとこにするか、整体の方か迷ってるんだよね」

                    と話してるところで電車が来て、乗り込んだ。実は先日のマッサージトークのときに、もうひとつイベントが発生していたのだった。それは、ちゃっかりマッサージの半額券を持って行かれたことだ。

                    「マッサージって、どこに行ってるの?」

                    「ああ、あそこのデパートの一階にあるんだ」

                    「へぇー、そんなとこにあるんだー。気持ちい?」

                    「うん、そこそこね。でも医療行為じゃないから、リラックスできるって感じ」

                    「ふぅん、あたしも行きたいんだよね。整体とかとどっちがいいんだろー?」

                    「骨格直したいとかなら整体だね」

                    「そうなんだよねー。あ、なんかチケットとか持ってないの?」

                    「え、あ、あるけど。紹介すると半額になるっていうのが」

                    「あるんじゃーん、ちょうだい!」

                    「え、ホントに! 行くの?」

                    「わかんないけど、ちょーだい!」

                    「あ、うん、わかったよ。はい……」

                    「ありがとー!」

                     いちおう、紹介すると、紹介したぼくも安くなるのでいいのだが、彼女との連絡手段がないので、彼女がいつ行くのかがわからない。このままでは、彼女だけ半額になって、ぼくは何も恩恵を得られなくなってしまう。ぼくは何だか損をしている。話では明後日行くということだが、迷ってるみたいだし、正確なことはわからない。

                     どうも最近、振り回されてるような気がしてならないな。

                    2011.09.10 Saturday

                    動物のおばさん、パンくずをやる

                    0
                       家の近くに川がある。すごく汚くて、変なにおいがする。でも、栄養状態がとてもいいらしく、泳いでいる鯉は信じられないくらい大きい。
                       ぼくは駅に向かうときにはかならずその川を渡る。川にはときおりパンくずをまいてる人がいる。昨日は弟と川を渡っていたら、ちょうどそのおばさんに出会った。
                       昨日は川にカモの家族がやってきていて、ぼくはカモが大好きだから弟をひき止めて橋からカモを見ていた。カモはグァグァ鳴いている。すると、後方から妙なおばさんがやってきた。
                      「いまからパンやるから見とき」そう言ったおばさんが立つと、なんと鯉もカモもハトもネコもバチャバチャとやってきた。なんでネコ!彼らはおばさんがエサをくれる人だとわかってるのだ!そして、おばさんがビニールをひっくり返して川にパンくずをばらまいた。なんだか凄い景色になった。
                       そのとき、弟はせかせかとおばさんを横目にその場を去ろうとしていた。でもぼくは余計なことをする。
                      「いつもエサやってるんですか」
                       弟が険しい顔をする。エサをやりおえたおばさんがニコニコして答える。
                      「そうだよ、この子たちは人間なんかよりずっと利口だよ。あたしが行くだけでちゃんと来るんだから。ぜんぶわかってるんだ」
                      「へぇ、エサのにおいでもするんですかねぇ」
                       そう言ってぼくらが歩きだすと、おばさんも歩きだした。
                      「そうだよ、ねぇ、お兄ちゃんたち知ってるでしょ、赤ん坊の世話しないで死なせちゃったってニュース。動物はそんなことしないよ」
                      「はぁ、そうですねぇ、そうかもしれませんね」
                      「そうだよ、おばさんねぇ、みんなに教えてあげてんの、みんなが仲良くなる方法ね。悪口言われてもありがとうって言ってやんのさ。そうすりゃみんな仲良しさ」
                      「ほぉ、それは間違いないね」
                       弟は隣でどんどん険しい顔になっていく。
                      「お兄ちゃんたち高校生?大学生かい。どこまで行ってんだい?今日は休みなのかい?」
                      「大学生です。東京です。休みです」
                       ぼくが答えようとすると、先に弟が早口で答えた。すると、そのあたりでおばさんとは別方向で別れることとなった。
                      「じゃあ、おばさんこれから犬の散歩だから」
                      「はい、お気をつけて」
                       と、別れたあと弟がぼくを睨み付けた。
                      「話しかけるからっ!面倒なことになるんじゃん!」
                      「あはは、すまん、つい……」
                       しかし、あのおばさん、動物ばっかりだったな。人間より動物がいいんだって。気持ちはわからないでもないけど、あのおばさんがそうなってしまったのも話しているとわかるような気がして少し悲しくなった。
                       他人からの無理解がかんちがいを育み、かんちがいがまたかんちがいをする。それは一見正当なことのようですごくねじれてる。でも、こればかりはなかなかほどけない。
                       おばさん、あなたは壮大にかんちがいをしている。
                       そして、ぼくらは無理解にちがいない。
                      2011.09.07 Wednesday

                      若返る女とふたたび

                      0
                         「おーい! おーい!」

                        駅の階段を上っていたら聞き覚えのある声で呼ばれた。ふりかえると日に焼けた肌を大胆に露出して、短いスカートを履いた女性が立っている。おかしいな、こんな派手な女性と知り合ったことなんてあったかな、もしや逆ナンパか、などと考えたりしていると思い出した。小学校の同級生だ。大学生のころに何度か会ったのだけれど、そのときともまた変わっている。

                        「あ、おお、よくぼくのことわかったね」

                        「わかるよー、変わってないもん」

                        「そっか、きみはその、変わったね」

                        「そう? あ、ねぇねぇ、あたしこっちに帰ってきたからまたどこかで会うかもね!」

                        「そうなの? それより、こっちにいなかったんだね」

                        「そうそうー、東京にいたの。あ、メアド変わってないよね、じゃあまたねー!」

                        と言ってわかれた。ぼくは帰りだったが、彼女は遊びに行くようだった。そのときはもう0時を回っていたような気がするが。

                         ひとまず、久しぶりだったので、彼女にメールを送ってみることにした。だが、メアドは変わっていた。そして、ぼくも変えたはずだ。というわけで、もう会うこともなさそうだと思っていると、今日また会った。

                         ちょっと街に出ようと思って駅に向かうと、駅でばったり。

                        「ああ、いた」

                        「や、びっくりしたー! どうしたのー、これからどっか行くの?」

                        「……だよ」

                        「え、なに聞こえないよ!」

                        「ごめん、声がでなかった。ええと、ちょっと街まで」

                        「あ、あたしもだよー。何しに行くの」

                        「ええと、マッサージ……」

                        「なにそれ、おじさんじゃん! やだー」

                        「もう肩こっちゃって仕方ないんだよ。そっちは何しに」

                        「あたし今日からバイトなの。外国人ばっかのハンバーガー屋さん。英語教えてもらうんだー」

                        などと話しているとあっという間に電車は目的地に着いた。このときも彼女はバッチリメイクを決めて若々しい雰囲気を漂わせていた。それに引き換えぼくはマッサージ。生の英語を聴いて勉強して前向いて、歳をおうごとに溌溂としていく彼女を見ているとぼくもまた思うのだ。まだぼくだって若いじゃないか。溌溂としなきゃ。

                         だが、とにかく、身体がかたいからマッサージはやってもらわなきゃと横になる。

                        「あー、きもぢい」

                         今日は寝ようかな。

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